天使の気持ち

男は天使を助けようとするが…
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古来、神は世界を創り、天地を創造し、大地を生み出した。神は信仰を得るべく人を生み出した。
しかし、人は強大な神を恐れ、慄いた。
そこで神は、強大な力を持ちながら人に仕える存在を生み出すことにした。
人々はそれを『天使』と呼んだ…
~世界神話 第5章 3幕より抜粋~

『ヒール』
教会に凛と済んだ声が響く。一人の純白の羽の生えた女性から光が放出される。
時を巻き戻すかのように、少年の傷が治っていく。
これが彼女の天使としての力だ。
「お疲れ様、大丈夫かい?」
「神父様、お気にかけて頂いてありがとうございます」
彼女は屈託のない笑顔で答えた。その笑顔はとても眩しくて、美しかった。
今すぐに彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。
私は神父という立場でありながら彼女に恋をしていたのだ。

「その…よかったらこの後買い物とか…」
「ごめんなさい。神官長との約束があるので」
またこれだ…彼女はいつも神官長に呼び出されている。
昼間は人々の助けを、それが終われば神官長の世話を。
彼女に自由な時間はない。

「毎日使われてばかり…辛くはないのかい?」
「私は幸せですよ」
彼女はそう答えたが…私は神官長にそう言わされているのではないかという懸念が消えなかった。
神官長には黒い噂が絶えなかったからだ…

「なに?彼女を開放しろだと?」
「はい」
私は神官長の部屋で彼に抗議していた。
部屋には趣味の悪い道具、性的な道具まであった。
まさか彼女に使ってはないだろうが…

「馬鹿言え、彼女は今の暮らしに満足していただろう?」
「あなたがそう言わせているだけでしょう」
この男はいけしゃあしゃあと…今すぐ殴り掛かりたい気持ちをこらえる。背中の裏ではこぶしを握っていた。

「俺は彼女のためを思っているのだがねぇ」
彼はそうぼやきながら部屋の端に移動し、大きな鏡のようなものを持ってきた。

「天界は知ってるだろう?この鏡は天界とつながっている」
天界…古来の天使様が住んでいたとされる異世界だ。今この世界とは時間の進みが異なると聞く。

「この教会をしばらく管理する仕事を受けてくれるなら考えてもいいぞ。」
「わかりました。約束は守ってくださいね」
「神に誓ってもいいぞ。」

意を決して鏡に進む。足がぶつからずに体が吸い込まれていく。

「お前も天使の気持ちがすぐにわかるさ」

そんな言葉が聞こえた気がした。

[1日目]
気が付くと草原の上にいた。目の前には小さな教会が建っていた。古さを感じる建築物ではあるが、埃はなく清潔のようだ。
「水に畑もある。ここで暮らせというわけか」
中には、服が詰まった衣タンスや、掃除道具、キッチン、そして2つの像があった。
一つは天使を形どった像、一方は人を形どった像であった。
天使の像を教会の中心に置く。
「主よ、感謝します」
いつものように信仰をささげた。

[7日目]
いつものように畑を耕し、天使の像を確認すると違和感を感じた。
「…こんな大きかったか?」
気のせいか像が大きく感じた。毎日畑を耕していたし疲れているのかもしれない。
「やけに背中も痛いし…今日は休もうか」

[14日目]
やはり勘違いではない、天使像は大きくなっている。
いや…天使像だけではない、教会がキッチンが畑があらゆるものが大きくなっていた。
「まさか…」
鏡の前に急ぎ、自分の姿を確認する。
背が大きく縮んでいた。
背だけではない、顔は幼さの残る顔に、男らしい体格は失われていた。
「ばかな!鏡は毎日見ていたはずだ!」
恐ろしいのは、今この瞬間まで自分の違和感に気が付けなかったことだ。
記憶を思い返せば、確かに昨日からこの体であった。
自分の体にいったい何が起きてるのだ…

[28日目]
「よし、今日は大丈夫だ。」
朝起きて自分の姿を確認する。
あれからしばらく身長は縮んでいたが、ある身長で止まっていた。120cmくらいだろうか。体つきはすっかり少女らしくなってしまった。
慣れてしまえば楽なもんで、今では自分の姿にも違和感を感じない。
どうやら奇妙な現象は止まってくれたようだ…。
「さぁいつのも服に着替えますぁ」
タンスから背中に穴が開いた純白のワンピースを取り出して着る。全体的にゆったりとしたローブのようなワンピースだ。
いつもより着替えが早く終わったし、今日は調子がいいのかもしれない。

[29日目]
「なんだこの布…?なっ!」
洗濯をしていると見慣れない黒い布があった。
それは、黒いローブであった。自分が一昨日まで着用していたはずのローブであった。
「いや…しかし…」
自分はこれを着用するのが正しい…それは理解している。
しかし、着用する気になれないのだ。自分がこの服を着用するのはおこがましい。今着用しているワンピースこそが正しい気さえしてくる。
「助けてください…天使様…」
祈りをささげるが、気持ちは入っていない。
自分の祈りがひどく無意味なものに感じる。
自分が祈りを捧げるのはこれではない気がした…

[90日目]
「天使…」
この一月はいろいろなことがあった。
背中には羽が生え、髪は金色になり、胸が膨らみ、男性の象徴は失われ、代わりに女性器ができた。
鏡の前には、少女…いや天使がいた。
自分は天使になってしまったのだ。
「はぁ…はぁ…」
熱い吐息を漏らす。この姿になってからとにかく落ち着かない、不安に駆られる。
「どうか…お助けください…」
ただ、教会の管理をしている時と人の像をあがめている間だけはこの苦痛から逃れることとができた。

[一年後]
突然、視界が明るくなる。
「神官長…この姿はどういうことですか!」
元の教会に戻ってくると神官長がいた。
「まぁ落ち着いて座りなよ」
だれが落ち着くか!そう叫ぼうとした。
「はい…落ち着きます。…⁉」
急速に心が冷えていく。床に正座で座る。
今確かに自分は神官長に叫ぼうと口を開いたはずだ。
なぜ自分は神官長の言葉に従って嬉しいなんて感じるんだ!

「かわいくなったねぇ…ちょっと土下座してくれる?」
「はい!もちろんです!」
また体は勝手に動いていた。頭を地につけて神官長様にひれ伏す。
土下座をすると満足感にあふれ、思考がとろける。

精一杯の勇気を奮い立てて話す。
「俺に、何を、やった、」
「まだ意識があるとは、大した精神だね。偉い偉い」
「あっ」
神官長に頭を撫でられると、反抗の決意が薄れ行く、それだけで意識が飛びそうであった。

「天使が人に仕える存在…というのは誤りで、正確には『人に仕えないと死んでしまう』存在なのさ。」
そんなばかな…なら俺のやってきたことは…

「さて、君の願いは天使の開放だったね?約束通り君と彼女は開放してあげるよ」
「ごめんなさい…許してください…」

あの不安な毎日は嫌だ…

「えー約束だしなぁ…君の全財産を捧げるなら撤回してもいいよ」
それを奪われたたら自分はもう二度と逃げ出せない…実質的な奴隷宣言であったが…
「捧げますぅ!私の全てを捧げるので捨てないでくださぃ!」

ああぁ…言ってしまった!言ってしまった。
今の自分の体にはこの男に勝てるだけの神の力があるのに…全て捧げてしまったぁ!

「個人的に天使と人間のハーフが生まれたらどうなるのか気になっているんだけど…協力してくれるかい?」
「はい♡」
これは仕方ないんだ…私は天使なんだから♡

『ヒール』
「天使様!ありがとう!」
怪我をしていた子供はお礼を言って立ち去る。
「体調は大丈夫?」
「天使様…」
「今はあなたもでしょ」

半年後、俺は教会で治療を行っていた。天使の彼女に心配される毎日である。なぜなら…

「妊婦はおとなしくしていないと」

俺は妊娠していた。神官長と毎日のように求めあった結果だ。小さな体であるが、腹は大きく膨らんでいた。
天使の服はかなりゆとりがあるが…もう外から見てわかるレベルだ。
彼女に心配される立場になるとは…

「体調はどうだい?」
「神官長!」
ひれ伏したい衝動に駆られるが、お腹の子を思い堪える。母性本能だろうか…ひどく守りたい気分なのだ。

「神官長…」
「なんだい?」
「私に天使の気持ちを教えていただいてありがとうございます。私、幸せになれた気がします。」
「これからもっと幸せにするよ」

二人は無言で近づき…抱きしめあっていた。